稚内旅行宗谷本線の旅
日頃、駅の訪問はそれなりにこなしてるのですが、列車に乗っての旅というのはなかなか時間が取れず短い区間は何度もありますが、長距離は気兼ねもあって行けません。今年の春頃に一度計画したのですが頓挫。今回思い切って行ってみることにしました。

今回は稚内まで宗谷本線を使っての旅です。稚内へは何度も足を運んでいるのですが、ほとんどが自動車などで列車で行くのはJRになる前の国鉄時代に天北線を利用してがほとんどで宗谷本線はあまり乗っていなかったです。実にうん十年ぶりでしょうか(笑)。今では天北線もなくなり宗谷本線だけが稚内へ行けるルートです。まずは旭川までスーパーカムイで向かいその後、名寄行きの快速なよろで名寄に向かいます。 
 快速なよろは、キハ40の1両だけで別に特別な列車があるわけではありませんが、快速ワンマンと書かれております。主立った駅にしか停車しないので途中の小さな駅は見ることができませんが、列車本数の少なさ、わがままも言っておれません(笑)列車はそれぞれのボックスに一人ずつ乗ってる感じで終着名寄までに永山、比布、和寒、士別、風連と停車しますが、日曜日なのか、数人ずつ乗降してるだけで1両の車内はゆったりとした感じでした。

塩狩付近までは平野部を進む快速なよろは、塩狩峠にさしかかると、さすがに苦しそうで時速75キロ(スマホのGPSより)くらいだったのが時速40キロくらいまで落ち込み、ゆっくり上って行きました。途中訪問した思い出のある宗谷本線の各駅を通過していき、剣淵あたりで雨が本格的に降ってきて窓ガラスも濡れます。名寄には12:29に着きますが、向かいのホームに幌延行きの列車が待機しており4分ほどしか余裕が無く、乗り込むとすぐ発車しました。
今回はいつも使っている一眼レフのデジカメで無く、妻から借りたコンデジを持っていきましたが、車窓の景色などはうまく撮れず失敗したなと思いました。また窓が結構汚れており、そちらにピントがあってしまい残念な事が多かったです。

宗谷本線は、全駅訪問したので(まだ紹介していない分もありますが)幌延まで一つ一つ停車していくこの列車からの駅の風景を見ることができて、いつもとは違った感じが?新鮮でした。乗客は終点幌延まで10人もいない感じでした。途中天塩川温泉駅で一人降りたのが驚きでした。 
 この先にも同じ驚きの駅があるのですが、一人も客がいないのではと思う駅で結構乗り降りがあり、それなりに機能はしているのだなと改めて実感しましたが、やはり人数の少なさはどうしようもないのかもしれません。

途中天塩川をながめながら音威子府駅に到着です。音威子府駅では20分ほど停車時間があるのでずっと座りっぱなしで疲れた体をほぐします。音威子府では21分停車時間がありますので、駅待合室の写真など、もう一度取り直したりしました。

また念願の駅立ち食いそばを食し満足でした。なんどか訪問した音威子府駅ですが、定休日やら時間やらで思い立ってから3年くらいぶりの悲願達成でした。 シンプルなそばですが懐かしい・・・そんな感じでした。
 音威子府から幌延までは自分も含めて4人ほどしか乗っておらず、天塩川を横目に見ながらずっと進んで行きます。

次の筬島駅は、私にとって思い出深い駅で、ekishではスマホの電波が悪く苦しんだ末、S社からA社に変えて無事チェックインできた駅です。ここで一人下車したようで驚きで、そしてぼろぼろだった駅舎は綺麗な外装に変わっていたのでさらに驚きでした。色はガンメタルといったところでしょうか。この外装は、同じ宗谷本線の智恵文駅と色違いな感じで、今後宗谷本線のぼろぼろのリサイクル駅舎は順次こういった風になっていくのかなあと思いました。
 途中少し日が差し、秋の天塩川を眺めながら、のんびりできました。
雄信内駅では上り特急サロベツ号と交換。南幌延で一人乗車してきました。

幌延に15:14着。幌延まで乗っていた乗客がごみを列車に放置していき、残念な気分にさせられました・・。30分後に列車番号が変わって稚内へ向かいます。30分待っている間に駅の写真を撮り直したりしていました。この時間になると寒く外にいるのが結構辛くなってきます。 
幌延からは誰も乗ってきません。豊富で3人乗車し南稚内で3人下車するので終着稚内までは私だけでした。誰もいない車内で写真を撮ったり、前方の景色を堪能していました。

南稚内でスーパー宗谷と交換するので10分ほど停車。稚内に16:59着でしたが、外はすっかり暗くなっておりました。旭川から普通列車の旅で、もっと疲れるのかなあと思っていたのですが、すべての駅を訪問した後で、それを確かめるように駅を眺められたのはとてもいい旅だと思いました。

17時頃だというのに稚内駅は人影もまばらで駅の前の通りも車の行き来が少なく、寂しい感じがしましたが、夏の観光シーズンの稚内とは違い、最果ての街という感じがぴったりでした。